一八七八年(明治十一年)に札幌で開かれ、日本の陸上競技大会の原点とされる札幌農学校(現北大)の遊戯会。その具体的な開催場所は諸説あり謎だったが、元道学生陸上競技連盟会長の紺野哲郎さん(78)=札幌市在住=が現在の同市中央区のグランドホテル付近とする論文をまとめた。「現時点で最も有力な説」と専門家の評価は高く、紺野さんは来月、報告を兼ねたパネル展を開く。
日本学生陸上競技連合(東京)などによると、遊戯会は同校のクラーク博士の弟子が米国の大学で行われていたアスレチックミーティング(遊戯会)の開催を提案して始まった。九十メートル走や走り幅跳びなどがあり、二十八回続いて「遊戯会が陸上大会の原点で運動会の先駆け」とされる。
第一回遊戯会に関しては、新渡戸稲造が競技の模様をスケッチし、手紙とともに両親に郵送。植物学者宮部金吾も回想録を残した。
しかし、資料に記された会場周辺の建物の絵や場所の記述はあいまい。一九三三年(昭和八年)に最初の説が出た後、八〇、九〇年代には道庁旧本庁舎北側の「北三西五周辺」や道立文書館別館のある「北一西五周辺」など四つの説が発表された。
三年前、諸説あるのを知った紺野さんは「大好きな陸上。歴史は正しく残すべきだ」と資料集めに着手した。
札幌農学校が警察に出した届け出に「札幌本庁の敷地内で(遊戯会を)行いたい」とあったことなどから、北大付属図書館北方資料室から探し出した開拓使札幌本庁の構内見取絵図を分析。現在のグランドホテルから斗南病院にかけての「北一西四と西五に、西六の一部を加えたところ」と結論付けた。
五説の中では「北一西五周辺」説に近いが、紺野さんは広さを特定した。同連合の関岡康雄専務は「資料を最も丁寧に検証している。新資料が出ない限り、定説となるのでは」と評価。道教育大の藤井英嘉名誉教授(スポーツ史)も「会場に限定した論文は初。各種資料を詳細に検討した最も有力な説」と話す。
研究成果は昨年秋、同連合機関誌「陸上競技研究」に掲載された。
紺野さんは四月に市内で研究内容をまとめたパネル展を開く準備を進めており「研究には三年かかったが、やったかいがあった」と笑顔を見せている。
(北海道新聞より引用)
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