夏の間は日差しを避けるように通勤した住宅街の小道も、風が涼しくなるにつれ表情を変えている。ナナカマドが赤みを増した。クリの実は立派なイガを付けた。まだ鮮やかな緑色をしているから、ちょうどマリモのようだ▼夕方に黄色い花を咲かせるのはマツヨイグサ(待宵草)だ。〈待てど暮らせど来ぬ人を/宵待草(よいまちぐさ)のやるせなさ〉と竹久夢二がうたった。宵待草は別名だ。夢二が作った言葉か、待宵草を勘違いしたとも言われる。生家は造り酒屋だった。「酔い待ち草」とかけたかもしれない▼夏の季語とされているが、秋にもふさわしい。虫の鳴く月夜に咲く姿が似合っている。〈今宵(こよい)は月も出ぬそうな〉と夢二の詩も続けた。夏の短い恋を終えて書いたのがこの詩だ。夜風はさぞ冷たかったことだろう▼住宅街ではピンクや白のコスモスが目についてきた。丹精込めて育てたのがわかる。野原いっぱいの花が風にそよぐのを想像しても気持ちがいい。〈コスモスを風のなかなか抜け出せず〉(有吉桜雲)▼秋桜(あきざくら)と言えばコスモスを指す。たまに植物の和名を使ってみるのもよいものだ。例えば篝火草(かがりびそう)はシクラメンをいう。鈴懸木(すずかけのき)ならばプラタナスである。それぞれの名に味わい深さを感じる。〈札幌のすみずみ揺れて秋さくら〉(木村敏男)▼目を街路樹に戻すと、こずえの先にはいわし雲が広がっていた。空もすっかり秋の色だ。
(北海道新聞より引用)
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